私が「人生二毛作」という言葉を知ったのは、だいぶ昔のことですが、外山滋比古の「50代から始める知的生活術「人生二毛作」の生き方」だったようです。

筆者は「70歳を超えたころだと思うが、毎日が楽しい。年を重ねるほど、生活にみずみずしさを感じ、妙に張り切っている自分がいるように感じ始めた」 と言っていました。
~私はやっと69歳になったばかりですが、同じような感じかな~と、不思議と納得してしまいました。 (2017/7)

第一幕の人生とは趣を変えて、むしろそれを凌ぐ楽しさと充実感に満ちた生活を迎えることが人生二毛作で、「人生の二毛作」は、決して“裏”ではなく、もちろん余生などというものでもないのです。
二毛作人生(ライフ)と言っても、人によって様々で、複数の仕事を経験するという二毛作や、仕事と趣味の時間をうまく使い分けて二毛作にする人もいるでしょう。

二毛作思想を持てば、定年は新作の始まりで、新しい種を蒔(播)かないといけないが、うっかりしていると、「「蒔く種が無い」ということになってしまう」との、ユーモラスで辛辣な指摘に思わず苦笑いしてしまった。

少し前に発刊の「ジェネレーションフリーの社会(北岡孝義)」でも、「人生二毛作」という言葉を、ラインフェルトが提案しているとあります。

その元祖はドラッカーのようで、著書「断絶の時代(1969年(日本語版初版)」の第13章 仕事の変化「第二の人生」で、第二の人生について色々と語っています。
☞  ドラッカーの「第二の人生」

【参考】
農業では、同じ耕地で一年の間に異なる作物を栽培することを「二毛作」と言います。
一度目の作付けを表作、二度目の作付けは裏作といいます。 また、同じ作物を作るのは「二期作」と言います。