N(私)の流儀  H0806 (48歳の時に書いている)

今の私があるのは、「青春」という詩(サミュエル・ウルマン)の「青春とは人生の或る期間を言うのではなく”心の様相”を言うのだ」という一節によるものだろうか 。今でもズーット手帳に挟んである。
「私の流儀」とでも言えるのかもしれませんが、考えていたことなどを書いています・・・

先ず、「プラス思考」
何事にも「プラス」に考えて、解釈する。マイナスに考えても結果(現実)は変わらないので、状況が悪くてもプラス面に目を向ければ良い。

「道は必ず開ける」という明るいモノの考え方・信念をもつ。人生、何が幸いするかわからない。災難の中には幸せの芽が潜んでいるし、困難や行き詰まりは発展の前触れの場合が多い。
次に、何事も「必ずうまくいく」と確信する。
成功するまで続ける。現実に状況が良くないときでも、「自分のためによかれということで起こっていることだ」と信じて対応すれば良い。「失敗」とは「成功する前に途中であきらめてしまった」こと。また、成功体験は自信となって、前向きに考えられるようになり、次の成功を引き寄せるだろう。成功するまで続ければ(失敗ではなくなり)成功となる!
一所懸命になって物事に打ち込む。仕事でも、遊びでも何でも、本気になって打ち込むからこそ、面白さを感じるものだ。「楽しいこと」を仕事にすれば良い。そうすれば、時間を忘れて続けられる。嫌なことに毎日8時間以上をムダに過ごすのか? イヤな仕事ならスグやめたらいい。
他人のせいにせず「失敗の原因は自分にある」と思う。そう受け止めると、失敗の原因をなくすため一所懸命に努力するものだ。

もうひとつ、「自分で道を開く」
「プロフェッショナル」でなければ生きていけない。「修・破・離」と昔から言われている上達の極意があり、「師をマネる」から始めることだ。自分に厳しく、他人にはやさしく、決して言い訳はしない、でなければ成長はないだろう。「今日できることを明日にのばすな、今できることをあとにのばすな」ということも。
「新しいこと」に挑戦する。世の中は常に変化している。人よりも「半歩先」を見て余分に努力する。でないと、今のままでは沈んでいくしかない。常に新鮮な刺激を創りだしていれば、スランプに陥ることもない。
「部分」ではなく「全体」を見る。“行き詰まり”と思えることでも、長い目でみると必ず道は開けるものだ。世の中は「螺旋階段」のように昇っているらしい、横からは「振り子」に見えているのだろう。

「営業」とは顧客を創造すること。種も蒔かずに(育てもせずに)刈り取ろうと思うな。ペンペン草など刈ってもしようがない。また、新規開拓というのは、最初は必ず断られることに決まっている、楽しくやろう。

これらの、バックボーン(判断基準)には・・・
「ラッキー」などありはしない。楽してうまくやろう、などとは考えないこと。そんなにウマイ話などあるはずがない、騙されるのがオチだ。「あたりまえのことを、バカになって、ちゃんとやる」ことしかないのだろう。
「勘(直感)」は正しい。人格全体で瞬時に情報処理をした結果なのだから。常に学び続けて、自分を大きくすることしかないのではないか。
そして、「青春」の詩を忘れずに(インターネットから読めます)。

私は、こんなふうに生きてきましたが・・・
皆さんも自分の人生を楽しく大事に生きていただきたいと思い、 応援歌として書いてみました。

まだまだ、やりたいことは(遊びでも仕事でも)たくさんあるので、誰もやらない事をチャレンジしていきたい。 でも、若い人のじゃまにならないように、尻をたたきあいながら互いに成長できたら良いのだろう。

また、時間ができたら次のステージの準備に入ろうと思っています。仕事のまとめは「出筆」など、蓄積されてきた業務知識は業務テンプレート(ソフト)にのせています。さらなる楽しい時間を「水彩画」、辞世を詠むには「短歌」もなど・・・。最後の課題は、まわりの人に迷惑をかけずに「ポックリ死ぬ」ことだろう。これには、「頭も体も健康」でなければならないということは確かみたいだ。まだまだ、「青春」は終わらないようです・・・、一生勉強!